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アシリ・レラ

アシリレラとは、アイヌ語で『新しい風』の意。日本名では山道康子。
アイヌの聖地と言われる、北海道沙流郡二風谷に生まれ、現在まで暮らす。
学校では様々な事情で孤児となった子供達を養子として引き取り、
共同生活をする。
今まで約50人を育て上げた。
アイヌ活動家としての側面も持ち、沙流川アイヌを守る会を主宰。
二風谷ダム(竣工)、平取ダム(凍結中)への反対運動で急先鋒に立つ。
平成元年からアイヌモシリ一万年祭を立上げ、2010年で22回目を迎えた。

「過ちて改めざる 是を過ちと謂う」
論語からの引用である。過ちに気付いていながら、それを正さぬ事が過ちであるという意味を持つ。
蓋をされた事実を1つ開けてみよう。


はじめて聞いたのは、ろくろうさんのインタビューをしていたとき。ナオキさんが向かう途中で亡くなった、アイヌモシリ一万年祭。
虹の岬まつりのマザーティピでナオキさんの遺影に手を合わせると『アイヌモシリ』という単語が浮かんだ。
日本の先住民であるアイヌ。調べるうちに、全世界の先住民がそうであるように自分達の土地を奪われ、歴史から抹消された。
日本人って一体何なんだろうか?先住民の言葉に耳を傾けることで、何かが分かる気がした。
山道康子ことアシリレラ(新しい風)。アイヌモシリ一万年祭の発起人として22年の歳月を経た。
全ての日本人が目を背けることはできない何者かに蓋をされた事実。今だから共有しておきたい彼女の声を良く見て感じて欲しい。

―まずアンケートをやって欲しいんですが、僕らがやってるフリーペーパーのアンケートなんですが、旅をテーマにしています。タイトルはFORbiDdeN dreAm。直訳すると禁じられた夢という意味なんですが、その言葉を聞いて感じることをアンケートにぶつけてみてください。

アシリ・レラ:はい、書けた。

―ありがとうございます。ではまずこのアンケートに書いた思いを説明して頂きたいんですが。

ア:あぁいいですよ。そのアイヌ民族の権利と回復っていうのは、先住権が認められても、その他諸々の権利は何も動いてない。鳩山さんの時は少し動いたけど、でも今の菅さんはアイヌのアの字も言わない。この前の選挙のときもアイヌのことを態度に示したり、テーマに掲げたりは、どの党にも一切無かったので、今回は選挙参加しませんでした。

私が長い間苦渋の選択をしてきて、自分の幸せとか何も無いまま来たのにも関わらず、結果実現もなく自分の命が終っていくのは悲しいですね。だからずっとそういうことを考えてます。日本人はほとんどすべてアイヌの血が入っています。歴史を日本国家が隠したために自分達が日本人、4つの血を引く複合民族である自分が日本人と言ってしまっているわけなんです。実は違っていて4つの道のりを辿ってきたわけで、それはアイヌの人も一緒で日本人と結婚したり、朝鮮人や中国人、その他の外国人なんかと結婚するわけですけど、かなり多数の血を引いてますよね。でも我々日本は元々 毛の国、毛人の国 と言われた。毛深いアイヌというのが列島の中ではあったんですよ。今正式に言えば2300年、弥生文化という農耕民族が入ってきたときに、既にいたアイヌの人たちはマタギと言われた。マタギっていうのはアイヌ語だからね。マタっていうのはアイヌ語で冬。冬に狩りをするという意味。マタギは森を大事にします。河も綺麗にします。河に向っておしっこすることも禁じられるぐらい厳しく育てられます。だから必要以上の搾取は許されないんです。また イオマンテ という、このお祭りもイオマンテなんですけど、6日間やって最後1日休むお祈りがあります。そのイオマンテっていうのは6日間大切な時間を過して、1日お休みしなさいという形です。私達もイオマンテをこの祭で6日間ちゃんとやるんです必ず。だからそれと同じで1つの命を頂くことによって、昨日生きていたものを自分達の命のために狩りをするわけですから、そのために狩られて頂いたことに感謝して、彼らの大切な森を復活させるということが私たちの目的で、子供の教育から始まっているわけです。命というのは誰のものでもなく、大地も誰のものでもなく、すべての命を持つ動植物、魚もそうだけど、それは神の大地であって人間の大地ではない。勿論国のものでもない。国境も要らない。境界線も引いてはいけない。それを言い続けるアイヌがうるさいから、殺して奪ったわけですよ。

ナバホ とかがウランを掘ってはいけないとか言うのは、神が創った大地を掘ったり掘り下げてはいけないじゃないということ。同じように鮭を川から
取ろうとしても、アイヌはダメだと言うし、諸国に好かれる金もアイヌが取ってはいけないと言う。いわゆる地下資源や鉱山のように山とか森を開発
してはダメだとアイヌが言うのが嫌だったんです。取り放題取るためには、うるさいアイヌをどうするか?って。話し合いするにしても言葉が通じな
い。文字に著したくても文字を持たない。アイヌは全て記憶伝承。読んだ先から全部読み上げるくらい記憶が凄い。書くと我々も忘れます。書いたら
覚えたような気がするんです。でも記憶をしなければ大変だって思うと、ちゃんと覚えるんですよね。

―アイヌの凄いというか面白いなと思うところは、全てのものに神が宿っているという考え方があるじゃないですか?川とか自然を物凄く大事にする。
一見当り前の様に思えることなんですが、大事にする度合いが全然違うなって。

ア:全てのものっていうのは誤解だと思います。それは皆から見れば、原始宗教で何にでも神様がいて、もちろん神様が創ってくれるんだけども、ア
イヌの人たちには天と大地、太陽、月、火。火は人間に力を与えて、人間と動物の境界線を創った。争わないように。それと水。水は人間が創れない。
川も海も人間は創れない。人間がどんなことしても創り得ない、無限大のエネルギーに対して崇拝するわけです。その中で創り上げられた動植物たち、
それは神々が創られたものだから、それは全て神が司るものの、諸々の神。神というけれど諸々の神。要するに宇宙空間の中でつくられる命の諸々が
神様。輪廻転生と同じように東側の方で赤子になって生まれて、南の方で成長して大人になって、西の方で子供が出来てお父さんお母さんになって、
おじいちゃんおばあちゃんになって、東の方向に体を向けてそしてまた魂はもう一度東の方向へのぼって、これが輪廻転生なんです。我々の命は海の
満ち潮によって生まれて、引き潮によって死んでいく。アイヌの人たちは、北に向きます。北に頭を向けて、死体を埋めます。アイヌは土葬だからね。
一方南の朝鮮民族は頭を南に向けます。中国はインドのその理念だから西の方へ頭を向けます。だから今の病院でも西病棟は死の病棟と言われ
ますよね。東に移る人は助かる人。今でも医者にはその概念があるわけです。医学にも仏教を持
ってきているわけです。アイヌの人たちが北に頭を向けることによって、だれが決めたのか
分からないけど、北を鬼門と言うでしょ。なんで北に置くかが分かってないから
鬼門と付けたんです。アイヌを鬼として扱ったんです。北は季節を変える
て生まれ変わるということなんです。北に向ってるから勝手に鬼門
だとか、北向きにはゴミを置いても良いとか、寒い北風が吹くところ
だとか、そうじゃない。風によって雨を降らしたり、晴らしたり、雲を
動かしたりします。北は季節を変える大切な場所なんです。なのに
アイヌが北に居るからって、それだけで北を悪いイメージにしてきた。
北が大切な場所だということを皆は知らない。あったかい方が好きだから。
今でも西が曇ると必ず雨が降ります。今日は西がシルバー色だった。冬はシ
ルバー色になってると雪が降ります。秋は西を見てください。西が曇ったら必ず雨が
降ります。南が曇ったら嵐が来ます。南が曇ったら漁師は船を出しません。農家もその時には種を植えません。
アイヌも同じように方角方位や時間帯や木の下でよく時間帯を見てから帰ります。

―僕たちみたいに東京に住んでいると、ほとんど文明社会なんですよね。そういった自然から何かを読み取ることは無いに等しい。

ア:ニュースとかが情報の元ですからね。どうしてもそっちの方に依存してしまって自分達の本来持ってる霊感とか失われる。頭脳っていうのはさ、
生まれつきちゃんと心臓と同じ比重で着いてるんです。使えばちゃんと働くんですよね。でもそれを文明化で電気とかの発達で退化していくというか、
学識バカになっちゃって、学問は教えられるんだけど、自然感的な第六感とか情操とか奪われてしまって、デスクノウハウで判断したり、インターネ
ットに頼ってしまうけど、インターネットは答えるだけで質問はしてこないし、質問しても答えません。

あれは一方的な情報だから。元々は軍事機として使われたインターネットが戦争をやらないために一般に公開して、使われるようになっただけなんです。あれは戦争のための情報機械だったんです。

―まぁ人間の頭脳は殺されたようなもんなんですね。元々はそういう機械だっただけに。

ア:元々はね。そういうのも知らずに私達は便利さだけを身に着けてしまって、怠けることを覚えちゃった。だから動かない。すぐに椅子に座る。情報をタダで取ろうとする。動けば課題を全てクリアしようと思うでしょ。でも口が先行して、口ばっかになるでしょ。腕が達者な人がここまでやりたいと思っても、思ったことと喋ったことが半分以下だと思えば仕事は上手くいくそうなんです。だからここまでやるということを発声しない方が良いそうです。言っていることと行動していることが伴わないのが人間だから、行動していることの半分くらいの言葉で発すると、あの人は律儀な人だとなるわけです。喋りすぎてて動きが少なかったら、あいつは口先だけかになっちゃうんです。言葉と行動は伴わなければならない。つまり首の上と体は伴わないといけない。体が動くと頭も動く。だから同時進行で学びなさいというのがアイヌの教えです。

―ちょっと話を変えたいんですけど、ここに居る子供は凄い元気で、良いなと思うんですけど、レラさんが子供だった頃と今では環境が変わりましたか?アイヌを取り巻く環境というか。

ア:そうですね、アイヌの今の子供たちはそれでも弱いです。もっとアイヌの子供たちは自分の体でバーンと行ったり、怪我をしたら自分でヨモギを取って治療したり、何かあっても山の中には漢方がありますから。薬草を覚えながら山を歩くから、そんなに瀕死で帰ってくるなんてことは無いんです。今から50〜60年前の時代っていうのは、今のように文明がアイヌに入ってきて、立派な家が建ち並んだ時期があったんです。

貧乏なのは私の家ぐらいのもので。 もっと前の時代は確かに貧しかったと思うんですけど、部落の子供は皆の子供なんですよ。どこの家に行っても腹空かせて帰ることはない。子供たちが寄ってくるのが分かっているから、とうもろこしを鍋いっぱいに茹でてたんです。またある家はカボチャしかない、またある家はジャガイモしかない。でもそれを鍋いっぱいに炊いて置いておくんですね。子供は頭が良いから、あそこの家には美味しいものがあるって知ってる。お汁粉があったとか、今日は作るかもしれないというのを知ってる。今日はとうもろこし飽きたからあっちの家に行こうとか。自分達のテーブルがどこの家にもあるっていうことは物凄く恵まれていること。大層なバーベキューも何もないけど、山菜が山ほど鍋にあって、お留守番のお年寄りが居て、怪我してたら治療をしてくれたし、悪いことしたら叱ってくれた。


The book

部落の子供はみんなの子供で部落の年寄りはみんなの年寄り。部落のお父さんお母さんはみんなのお父さんお母さん。誰が怒っても言うことを聞かな きゃいけない。だからそういうスクラムを組んだ中での貧しさっていうのは、決して皆が思うほどの貧しさじゃなくて、心が豊かな貧しさであったか ら、決して歪んだ顔とか歪んだ性格ではなくて、ボロを着ても元気いっぱいっていうか、お尻に穴が空いてようと、元気ハツラツで木登りしてた。そ れが何より心が健康っていうか、心身の健康を物凄く大事にしました。その反面、町の子は弱いですね。大人も亡霊の行者みたいな行列で、電車とか バスとか乗ってると本当に生きてる感じがしなくて、行きながら死んでいる。小奇麗な格好をしてるけど、生きてる達成感を感じない。私なんかたま に東京行くとそう思う。

―ちょっと気になるのは、普通に生えてる草とかでも医療に使えるっていうことが新鮮というか、実感がないので分からないというのが本音なんです が、実際にどんなものを使っていたんでしょうか?










ア: オオバコ とか野地草とかは干してお茶にして飲んだら風邪も治るし、二日酔いも治るし、貧血はハンの木と言って、川辺に生えてる斑点のある木

なんですけど、その皮を煎じて飲むと鉄分が補給されて元気になる。大体男の人の前立腺とかの病気がある人がそれを飲むと良くなるので、よくウチ に来る学生さんとか若い人はお父さんが前立腺が悪いのでって言って、木の皮を剥がして、持って帰ったらお父さんの病気が治ったって言う。 だから至る所に薬草はいっぱいあって、至る所に食べれるものはいっぱいあるわけですよ。ただ食べ方を間違えると、薬草と毒草を間違えてしまう。 その種類さえ分かってしまうと、毒草は少ないわけです。でも毒を制すれば薬になるわけで、マムシに噛まれればマムシのエキスが血清になるし、 ハブもそう。ハブなんか癌に効くわけですよ。沢山の癌患者が助かってるわけですし。 トリカブト だって、先の0.3mmを使って、他の薬草と一緒に煎 じて飲むと、ボケ防止になったり、癌の予防になるんです。熊の胆汁を他の薬草と混ぜて飲むと癌を弱まらせて、撤去させるという作用もあるんです。

―なるほど。今はどうしても西洋医学というか、薬とかステロイドとかそういうので全部済ませようとしてますもんね。

ア:サプリメントとかで全てが事足りるわけが無いんです。こっちは高度な経験医学ですから。

―そうですね。ちょっと話を更に変えて、この アイヌモシリ一万年祭 について聞いていきたいんですが、これを始めるきっかけを教えてください。

ア:えーと、このまつりを始めるきっかけになったのは、この川の向うにアイヌの墓地があるんです。ずっと放置されて見放された。そこの鎮魂祭です。この歴史を遡ると、今から約350年前くらいかな、正式な数字は忘れてしまったけど、 松前藩 の人が函館の方に住み着いて、アイヌとの交易をしてたんだけど、 アイヌ勘定 という不公平なレートが存在していたんです。でもアイヌの人たちは食べる以上のものを捕ってはいけないんですよ。でも漆塗りとか宝物だと言われたものを一部のアイヌが欲しがり、10個に対して13とか捕らなくてはいけないんですよ。10のうちならまだしも、100になれば余計に30捕らなくてはならない。でも乱獲してはいけないと周りには怒られ、それでも捕り続けた人もいた。


The book
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内ゲバさせた理由は少数化させることなんです。そういう少数化させることに気付いた シャクシャイン 、シャクシャイン知ってますよね?

―かろうじて歴史で語られる唯一のアイヌですね。

ア:そう。彼は少数化を狙う目論見に気付いたんです。彼は交易をさせないために川で鮭を取り過ぎないように監視していたんですよ。絶対に捕ってはダメだという風に。そうすると 平取オニビシ という首長の集落があって、オニビシは欲が深かったんで、アイヌの中では珍しく毛皮とかを取引していたんです。植物のものよりも豪華に見えますよね。それを宝物と称するものと交換していたんです。松前がオニビシに宝をあげるから、シャクシャインに 新冠 の対岸で話し合いを持つように言ったんです。騙されたとは知らずにシャクシャインは話し合いの席に着いたわけなんです。チャランケといってアイヌには話し合いがあるんです。話し合いを解決方法として闘いは絶対にしてはいけないんです。話し合いしか無いんです。








越後庄太夫 という鷹狩りがいたんですが、庄太夫は特別頭が良くて器量も良かったんだけど、
崖から落ちたりした時にアイヌに助けてもらった、いわば庄太夫にとってアイヌは命の恩人だったわけなんです。
完治したからもう城に帰りなさいとシャクシャインに言われて、彼は長い間城に帰れてなかったので、
喜んで帰ろうと城に深夜に帰ったら、城の中では明日アイヌに火矢を放って焼き討ちするという密談を
聞いてしまった。徳川幕府も同じように討つて取るべし、要するに殺してしまえという指令を出していた。
だから松前はアイヌを打ち払う準備をしていたんです。
越後庄太夫は大変だ!となって、今までアイヌは毛深くて野蛮だと教えられてきたけど、
殿がおかしいんだということに気付いてシャクシャインたちの所に戻って、
全員をたたき起こして大変だから逃げろと言って逃がしたんですよ。
成人した男子のみそこに残って応戦したわけなんですが、
女子供が逃げた新冠の今の 判官舘 っていうところがあるんだけど、
そこの岬の突端がアイヌを逃がした見せしめで生きたまま庄太夫が焼き殺されたんです。
そのとき逃げた女子供の末裔が沙流川のアイヌなんです。
越後庄太夫は見せしめでアイヌを逃がしたらこうなるということで殺されたんですが、
昔の見せしめはあまりにも惨かったようです。
書記もいい加減なことを書いたんですけど、
越後庄太夫はアイヌを逃がした悪い奴だから処刑されたと書いてあるだけ。
違う、違う、冗談じゃない。シャクシャインにもチャランケと称して話し合いの場を設けたんですが、
その中で殿様は自分のには毒が入ってないように偽装してシャクシャインに毒入りの酒を飲ませて、
体中が痺れたところを立ち上がったときに刺されて、仁王様のようにその場で亡くなったんです。
越後庄太夫は最後までアイヌを殺さないでくれと懇願したんですが、うるさいと一蹴されて刺されて血が吹き出ながら焼け死んだんです。
その火をアイヌが消そうとするんですが、そのアイヌも殺されて崖から落とされるという惨い歴史があるんです。
どうもアイヌがここ 沙流川 のあたりで、命の最終地点だったわけです。


熊に襲われたり、子供が川に流されたりして死んだり、長い道のりを経てたどり着いたのが 貫気別 という場所なんです。その時の年寄りたちは皆お墓に入って、その子供たちはもう5,6件しか残ってない。なぜなら開拓者として侍に 給与地 を与えると嘘をついて、開拓者にアイヌの土地は全部持っていかれたから。国は 旧土人保護法 っていう、アイヌが文字を読めないことをいいことに都合の良いずるい法律を作って、土地をどんどん取り上げたわけです。墓は荒らされて、私が見たときには靴の後があって、墓はへし折られていました。それを見たときに胸がぐっと締め付けられて、なんで?って。土地も無い。何の保障もない。代替地もない。鹿を取れば密漁、泥棒扱いされて。追い詰められて殺されていった。一体何なの?って。こんなのが許されるのか?今の時代に。もし日本人の墓を掘り返したら2年の懲役ですよ。アイヌはそこらへんの異物の展示品くらいにしか思われてない。アイヌの子供たちは100年腐らないような木を持ってきてお墓に立ててる。それさえも折られている。それを見て情けないと。何とかしなきゃ。この平取町一体は給与地だから、何とか人を立ち上がらせたい、気付かせたいという思いの下、最初は50人足らずのおまつりだった。私が今64なんですが例えばこれで10年後に私が死んだ時に、このお祭りが終ったとしたら、あそこのお墓はまだ放置されるんですよね。この場所も誰も知らない土地になっていく。第2回目の時に 宮田町長 という平取町の町長が来たんですよ。彼は頭が良くて、歴史の勉強もしようとしてくれて、きっと家に帰って勉強してくれていたんだと思う。私がここは代々給与地で、踏みにじられ、放牧した牛やら犬やらの糞だらけにされて、お墓も放置されて、草林になって、こんなに酷いことをされているってアピールしたんですよ。スパイ的に入ってきた平取町民の人が居て、町長に『何であいつらあそこでおまつりやってるんだ?』って言う人が居たんです。そこで町長は実は彼女たちがやってるあの場所はアイヌの墓地なんです、未だに部落の人たちが近づきもしない墓地があって…と説明したんです。開拓者の人たちは墓地があることさえも見て見ぬふりをしていた、かつてアイヌの土地を開拓して無償で与えられたってことを知らないはずはないんですよ。私の目的は何だったのか?皆に気付いて欲しかった。
カムイノミ をしながらお祈りして歩いてる。そういう歴史を隠そう隠そうとしているだけなんです。歴史の隠滅は絶対良くないし、本当に人種を超えて友睦を考えるなら歴史的なことをハッキリさせること。知らないで仲良くしましょうはお互いにわだかまりが残ります。日本人はアイヌの血が入っていることも知らない。

これだけ融合された民族の中で何を分かち合うかと言ったら、本当のことを知って仲良くしましょうと言わないとダメなんですよ。アイヌの問題は日本人の問題なんです。日本人は勘違いしています。アイヌの問題はアイヌの中だと思っている。勘違いしている人が居たら、勘違いだと言える日本人が出てきても良いんじゃないかと言ってるわけです。日本人に分からせるのは日本人なのだから。日本人が伝えないで誰が伝えるのか?アイヌだけが少数化していって伝わるわけないじゃん。国だって先住権認めたからもう良いだろうってそこら辺の花畑みたいな土地を与えて騙しておけば良いみたいな。推進機構でちょっとお金出して、文化とか唄とか踊りとかやらせときゃいいだろみたいな。ふざけんじゃない。アイヌもちゃんと税金払ってんだ、日本人が払ってる税金から推進機構が成り立ってるとか言われたくない。アイヌの人にはちゃんと働いてる人が居て、牧場をやってる人も居れば、ホテルをやってる人だっている。それからもしっかり税金取ってるんだからそうやってしっかり払ってる人のこと忘れんなと。じゃあアイヌからの税金は取らないのか?そんなわけないだろ?選挙の時と税金払う時だけ日本人になるんだから。それ終わったらアイヌなんだから。理不尽この上ないのに、俺らの税金使ってとか言われたくないですよ。アイヌも払ってんだ、朝鮮人も払ってんだ、ふざけんなと。日本に居て働いてれば片っ端から取られるんだって。与えることはしなくても奪うことだけはしっかりやるのが今の日本国家じゃないですか。

―アイヌの置かれた状況は良く分かりました。この祭も勿論お墓の供養というのが第一義なんだと思います。やはりそれが最も強く伝えたいことですか?

ア:それは初日の挨拶でも言ったんですが、私が死んだらこの土地は放置されるのか?草林になって、この供養祭が開けない状況になったときに凄く不安です。私が生きてる間はやります。足腰歩けて、杖ついてる状態でもやりたいです。

これだけ盛り上がってきた中できっと見放されることは無いと思います。私自治会に言ってやったんだ。ここは開拓者の土地ではなく、旧土人保護法の給与地なんだと。供養しないものは立ち入ってはいけないという看板を立ててやると。…苦笑いしてた。看板立ててもあいつら抜くよって言われたんだけど、コンクリートでめちゃくちゃに固めてやるって(笑)頑固だなぁなんて言われたけど、それくらいやらないと死ぬに死にきれないから。

―僕らみたいに外から来た日本人が日本人にそのような歴史を知って、間違ってる認識を外していくということが大事なんだと言ってましたが、そういうマインドを持つためにどういうことを心がけるべきですかね?いわゆるアマゾンの熱帯雨林が消失していたりとか、沢山の自然破壊や民族の問題がある中で、遠いところに身を置いてる人間達は何をしていけば良いのか?どう思われますか?

ア:まずアイヌに関して言えば、日本人ときどきアイヌ、アイヌときどき日本人という認識が大事なんです。血が入ってるわけですから。この祭り、墓地を守っていきたいと思うならば、たとえ私が死んでも、私はこの祭りを一人から始めたわけで、宮田町長が慰霊碑を建ててくれるくらいまでになりました。誰にでも分かるように。それを守ってくれる人がアイヌだけの問題ではなくて日本人の中からそういう意思疎通があって、継続して守ってくれたら放置されないんじゃないかという願いもあって。それは海外でもどこでも。その中から振るいにかかって良い豆が出てくるかもしれないじゃないですか。私はあと10年くらいは生きてるかもしれない。人間分からない、明日のことは。でもあと10年くらいは生きれるかなぁと。そしたら10年くらいは守りながら、誰かが出てくるんじゃないかと。日本人だからこそ堂々と出来ることだってあるでしょ?アイヌのこと差別すんなよと。同志なら言えるじゃないですか。世界でもそう。先住民が大事にしてることをどれだけ多数派がケアすることが出来るかじゃないですか?

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